この記事は日加タイムス2000年5月12日号に掲載されたものです。一部または全部の転載は一切ご遠慮ください。


1.恐竜の心臓化石

4月21日付の科学誌サイエンスに、恐竜の心臓化石が報告されて話題になっています。心臓は骨と違って軟らかく、また腐りやすいため化石にはなりにくい筈なのですが、サウスダコタ州バッファロー近辺から発見された体長4メートルほどの恐竜の胸に、心臓と思われる固まりが保存されていたというのです。この化石の主テスケロサウルスは、恐竜が絶滅する少し前の約6600万年前に生きていた草食恐竜で、とくに変わった特徴もないため、今まであまり注目されることもない地味な存在でした(例えば、このたぐいの恐竜はジュラシックパークにも全く出てきません)。話題になっている心臓には部屋が四つあり、恐竜が哺乳類や鳥のような温血動物であった証拠であるとまで言われています。珍しい恐竜化石といえば、昨年10月、鳥の翼をもった恐竜がワシントンのナショナル・ジオグラフィック協会で大々的に公開され話題になりました。しかし、その後の調査でこの中国産の化石は密輸品である上に、何者かが値段を吊り上げるために鳥の化石に恐竜のしっぽを埋め込んだらしいことがわかってしまい、大変な醜聞となったばかりです。時期が時期だけに、今回の心臓の話もなんとなく疑ってみたくなるのが人情でしょう。そこで今日はこの話をどこまで信じてよいのか考えてみたいと思います。

まず、心臓について簡単におさらいをしておきましょう。心臓というのは血液を動かすポンプで、入口と出口が二つずつあります。なぜ一つずつではないかというと、心臓には二つの役割があるのからです。つまり、体の隅々まで酸素に富んだ血を送ることと、使われて還ってきた血をリサイクルするために肺に送ることです。体から還ってきた使用済みの血と、肺から還ってきたリサイクル後の血が混ざってしまわないように、人間をはじめ哺乳類や鳥では、これら二種類の血は別々の入口から心臓に入り、別々のポンプで加圧され、そして別々の出口から出る仕組みになっています。一つのポンプは二つの部屋(心房と心室)でできているので、合計で四つの部屋があることになります(二心房二心室)。

Heart
図1:心臓の概念図。

では、四つ部屋があれば温血動物なのでしょうか。手っ取り早く言ってしまえば答えはノーです。確かに、トカゲやカメでは二つのポンプが途中でつながっているため合わせて三つしか部屋がなく(二心房一心室)、二種類の血はある程度混ざってしまいます。しかし、同じく冷血動物のワニでは、潜水中に血が通る穴が開いてはいるものの、きちんと四つ部屋があります。系統からいうと恐竜は鳥とワニの間に位置しますから、心臓に四つの部屋があるのは当然なのです。


Tree
図2:脊椎動物の系統関係(略図)。     

実はこの化石が本当に心臓なのかどうかにも疑問が残ります。まず、心臓の周りにある肺や消化器官などが全く化石になっていないのは不可解です。また、心臓自身にも部屋が二つしか保存されておらず、これが心房ではなく心室に見えることから、合計で四つ部屋があったと推測されているに過ぎません。そのため学界では懐疑的な意見も多く、今後の展開が待たれます。ただ、化石が発見されたのは1993年とされていますから、それからから発表まで七年を費やした慎重な態度は評価されるべきでしょう。


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