この記事は日加タイムス2000年6月9日号に掲載されたものです。一部または全部の転載は一切ご遠慮ください。


2.シカゴ・スー

ディズニー映画「DINOSAUR」が公開されて話題を呼んでいますが、これとほぼ同時に、シカゴのフィールド自然史博物館で重要な恐竜化石が一般公開されました。「スー」と呼ばれるこの恐竜は今まで発見された中で最大かつ最も保存のよいティラノサウルスで、王者の中の王者といえる存在です。今回は、何かと話題の多いこの標本の遍歴を、簡単に振り返ってみましょう。

スーの故郷サウスダコタ州は化石に富んだ地域で、化石の採集・販売をする業者が点在していますが、その一つにブラックヒルズ地質学研究所という、何とも紛らわしい名前の化石商があります。商売上日本とのつながりが深いこの業者が、1990年夏に同州フェイス近辺で採集したのが問題のスーです。発見者は当時この業者を手伝っていたスーザン・ヘンドリクソンさんで、彼女にちなんで「スー」という名がつけられたというのが通説になっています。発見地はスー族居住区にあり、スー族の血を引く牧場主の敷地内でしたが、税金対策のためか、米国政府に委託されていました。スーの真価を知らなかった牧場主はお金は要らないといいましたが、化石業者は5千米ドルの小切手を渡し、スーを持ち帰りました。

話がこじれたのはスー発掘のニュースが広まってからでした。スーの価値を悟った牧場主とスー族がそれぞれ所有権を主張して裁判おこし、スーは政府によって押収・保管されました。裁判の結果、所有権は牧場主に与えられ、彼の希望でスーは競売にかけられることになりました。一方の化石業者は、スーと一緒に押収された資料などをもとに脱税罪で逮捕されるという、皮肉な結果となりました。


図1:スーの組み立て骨格。著作権の問題で、ここでは省略。

1997年10月、注目の中競売が開かれ、ディズニー、マクドナルドなどからの援助を得たフィールド博物館が化石としては史上最高額の840万米ドルでスーを落札しました。スーが個人収集家ではなく研究機関の手に渡ったことには大きな意義があります。その後化石のクリーニングや基礎研究を経て、今回の公開へと至りました。

さて、この話の裏には日本の影がちらほらしました。裁判前に、化石業者がスーを日本に売って大もうけをするのではないかという噂がまことしやかに囁かれ、重要標本の海外流出を恐れる論調が高まったのです。日本はバブルの真っ盛りで、世界の化石市場の相場をつりあげていた頃の話です(今でもそうですが)。これを機に米国では国有地内の化石を保護する運動が高まり、法律を制定するに至りました。

実はティラノサウルス類はアジアからの「移民」グループです。つまり、このグループはアジアで進化した後、今のベーリング海峡を渡って北米に入り、土着の大型肉食恐竜に取って代わったのです。こういった移住が何回あったかには諸説あります。6700万年の時を経てスーが祖先の地を訪れるのもまた一興だったかもしれませんが、これだけ重要な標本は、きちんと研究されてこそ意味があります。日本社会では恐竜は見世物で、研究は欧米まかせという認識が強く、たとえスーを購入しても宝の持ち腐れになっていたでしょう。やはり移民は北米でこそ活きるのでしょうか。


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