この記事は日加タイムス2000年11月24日号に掲載されたものです。一部または全部の転載は一切ご遠慮ください。


5.ねつ造

宮城県の上高森遺跡でのねつ造騒ぎはお耳に達している事と思います。著名な学者が石器を自分で埋めておいて、あたかも発掘されたかのように見せかけた例の一件です。データねつ造は生物学や医学などでも世界的な騒ぎになることがあり、人間の虚栄心の恐ろしさを物語っています。

さて、古生物学の場合、虚栄心からデータをねつ造したという話はなぜかあまり聞きません。むしろ、いたずら心とか美意識、生活苦という動機が多ようです。 そこで今回はその例を挙げてみましょう。

まずは私の大好きな話から。今世紀初頭のドイツに、飲んだくれの石工がいました。当時のご多分にもれず、彼は行き付けの酒場でツケで飲む毎日を送っていま した。しかし、ツケというのは溜まるもので、ある時ついに借りを返さなくてはならなくなったのです。すっかり困り果てた石工でしたが、やがてうまいことを思い付きました。付近の石切り場からは高価な魚竜化石が産出するので、そうい う魚竜一体と引き換えに、一生ただで飲ませてもらえるという約束を取り付けたのです。実際には魚竜化石などそうやすやすと手に入るものではありませんが、しかしそこはお手の物。石切り場から採れる頁岩の板に、なんと自分で魚竜を彫 刻してしまいました。酒場の主人は事の次第を知ってか知らずかその人工魚竜を受け取り、約束どおり石工に一生飲ませてやりました。魚竜彫刻のついた石板はテーブルとして使われたようです。さて、時は過ぎ、酒場は閉ざされ、魚竜彫刻 は博物館に収蔵される事になりました。そしてある時、それを見た有名な老教授が本物だと思い込んでしまったのです。周囲の制止もむなしく、彼はこの見るからに変わった魚竜について真剣に論文まで出しました。私も実物を見ましたが、 なかなか可愛らしい魚竜の彫り物でした。


Fig. 1
図1:酒代と引き換えになったニセの魚竜。骨の部分は盛り上がるべき
なのだが、なぜか逆にへこんだように彫刻されている。

ところで、ドイツ人の化石「改善」技術には目を見はるものがあります。彼らの多くは悪意があって化石をいじるのではなく、職人意識から「改善」せざるには おれないようです。つまり、不完全な標本を世に出すのは恥ずかしいから、足りない分の骨を他の標本(もっと不完全なもの)からとってきてしまえ、というわけです。彼らは種類・サイズともに適切な化石を加えてくるので、かなり注意し ていないと見破れない事もありますが、良心的な職人は「改善」した事が分かるようにしてくれたりもします。もちろん、「改善」すれば化石の値段が上がる、という要因も無いとは言えません。


Fig. 2
図2:この有名な魚竜の出産化石も良心的
に「改善」されている。下矢印の先にある
後ろひれ足は他の標本のもの。上矢印の先
にある脊椎骨3つほどは作り物。いずれも
色を変えることで、学者なら一目で見ぬけ
るようにしてある。

この「改善」の概念も、土地が変わると少し変わってきます。少し前に中国からアメリカに密輸された恐竜化石がねつ造品である事が分かり、大騒ぎになりまし た。密輸業者は匿名インタビューで、ねつ造と「改善」は異なり、後者は許されるという見解をとっていました。しかしこの場合、鳥の化石に恐竜の尻尾が加えられていたので、「改善」ではなくねつ造なのは明らかです。貧乏くじを引いた のは、密輸化石を買ってしまったアメリカ人アマチュア学者と中国側との仲裁をしたカナダ人学者です。スキャンダルに巻き込まれ、有名であったがためにマスコミ攻撃の的になってしまいました。私は日本で学生だった頃に彼の通訳をして 以来の知り合いですが、大変誠実で信頼できる方であることを強調してから筆を置きたいと思います。


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