この記事は日加タイムス2000年10月13日号に掲載されたものです。一部または全部の転載は一切ご遠慮ください。


4.恐竜は温血か冷血か

温血動物・冷血動物といった言葉を耳にされた事があるでしょうか。恐竜が鳥のように温血であったか、トカゲのように冷血であったかは長い間論争の種になってきました。今回は9月に出されたばかりの最新学説を交えて、この論争がどこへ向かっているのかを簡単に見てみましょう。

まず、温血・冷血のおさらいです。噛み砕いていえば、温血動物はからだの中で作られるエネルギーが多く、その分燃料も多く使いますが(つまり、たくさん食べる必要があります)、我々ヒトのように体温をある程度一定に保つ事ができます。一方、冷血動物は省エネのため夜には体温が大幅に下がるので、トカゲのように翌朝日向ぼっこをして体温を上げる必要があります。低血圧で朝が苦手の方でも、トカゲに比べればとても安定した体温を保っているわけです。本当はこのように単純ではないのですが、とりあえず話を進めます。

Dinosauria(恐竜)という言葉が作られた1841年から100年以上にわたり、「恐竜は爬虫類なのだから冷血でのろまにきまっている」という考え方が主流でした(図)。しかし、1970年代頃からまとまった反論がなされるようになり、映画ジュラシックパークに採用されたような「鳥の祖先である恐竜は温血で活発な動物だった」という考え方が台頭しました(図)。この方が面白味があり商業的価値も高いので、恐竜は活発な動物であったという見方が一般社会に定着しつつあります。NBAの「トロント・ラプターズ」の命名が良い例でしょう。しかし学界では未だに温血派と反対派が一進一退の激しい論争を繰り返しているのです。


Kappatsu
図1:獣脚類ドリプトサウルス活発な恐竜像。温血説
が隆盛になるずっと前に描かれ、当時としては先駆的な
もの。

Noroma
竜脚類ディプロドクス1世紀ほど前の典型的な恐竜像。ト
カゲのように足を広げ、いかにものろまであかのように
描かれています。      

生きている動物のからだの仕組みを研究するのさえ、実は大変なことなのですが、恐竜の場合には化石しかないので、その研究はとても難しいのです。化石からどうやって情報を引き出すかが勝負となりますから、学者は色々な分野の知識を駆使して、少しでも信頼度の高い仮説を出そうと必死です。そのような中、骨や歯に含まれる酸素同位体の比率を使った新しい研究が発表されました。それによると、アルバートサウルスなど肉食恐竜の体温は一定であった、という結論が出されています。ここ数年、恐竜は温血動物が必要とするだけの酸素を体に取り入れる事ができなかった、という鼻や肺の研究があいついでいましたから、温血派にとっては久々の巻き返しであるかにみえます。しかし、では、鼻と肺の研究は間違っていたのでしょうか?

実は、体温が一定だからといって、温血だとは限らないのです。Leatherback Turtle(オサガメ)という体長3メートルにもなるウミガメがいますが、このカメ、温血でも冷血でもないその中間のような生理学的仕組みをもっており、体温をかなり一定に保つ事ができます。しかし、温血動物に比べるとエネルギーの生産率が低く、行動面でも活発さに欠けます。恐竜もオサガメのように中間型だったのではないかと言う説が出されたのは1989年のことでした。もしそうだとすれば、温血動物より少ない酸素消費量で、体温の方は一定に保つ事ができるわけですから、今回の酸素同位体の研究結果は近年の鼻や肺の研究結果と矛盾しない事になります。今後の研究でどう結論が変わっていくかは分かりませんが、とりあえずはこの中間型仮説へ向けて論争が収束していきそうな気配です。


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